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Cartier(カルティエ)

   ↑  2008/01/02 (水)  カテゴリー: ブランドの歴史について
Cartier(カルティエ)
『カルティエ』の輝かしい歴史は、1847年ルイ・フランソワ・カルティエによって始まりました。師匠から譲り受けたパリのアトリエから出発し、こだわり抜いたジュエリーを制作。時代の華やかな息吹を感じさせるじゅえりーが評判を呼び、ほどなくしてイギリス国王エドワード7世、ポルトガル王カルロス1世、ロシア皇帝ニコライ2世など、世界中の王侯貴族からの依頼が殺到したのです。こうしてトップジュエラーとしての確固たる地位を築いた後も、ジュエリー制作へのひたむきな姿勢は変わりませんでした。20世紀初頭には、エンゲージメントリングの台座に初めてプラチナを採用。ダイヤモンドの新たな魅力を引き出すことに成功したのです。選び抜かれた上質の宝石を使い、細部にまで美意識のゆき届いたジュエリーは、世界中のファンに夢を与え続けています。


― H I S T O R Y ―
 
1847年 ルイ=フランソワ・カルティエ(1819-1904)が、師匠アドルフ・ピカールから、パリのモントルゲイユ29番地のジュエリーアトリエを引き継ぐ。
1856年 ナポレオン1世の姪で、皇帝ナポレオン3世のいとこにあたるマチルド皇女が、カルティエのジュエリーを購入。
1859年 イタリアン大通り9番地に移転。ユウジェニー皇后が顧客となる。
1888年 最初の腕時計タイプの女性用ジュエリーウォッチを製作。
1899年 ルイ=フランソワの息子、アルフレッド・カルティエ(1841-1925)の長男ルイ(1875-1942)が、経営に加わる。カルティエ、ラ・ペ通り13番地に移転。
1900年 新古典主義にインスパイアされた、プラチナにダイヤモンドをセットしたガーランドスタイルのジュエリーが完成、世界中の王族や貴族階級の顧客たちから絶大な人気を得る。
1902年 アルフレッドの次男ピエール・カルティエ(1878-1964)が、エドワード7世の戴冠式を機に、ニューバーリントン通り4番地にカルティエロンドンをオープン。
1904年 イギリス国王エドワード7世およびスペイン国王アルフォンス13世の御用達店になる。ルイ・カルティエは友人であるブラジル人飛行士アルベルト・サントス=デュモンのために、特別にデザインされたレザーストラップ付きの腕時計を製作。イギリスのアレクサンドラ王妃が、インドにインスピレーションを得て創作されたネックレスを購入。
1905年 ポルトガル国王カルロス1世の御用達店になる。
1906年 抽象的で幾何学的なデザインを用いたアールデコ様式のジュエリーを初めて創作。初の「トノー」ウォッチを発表。
1907年 サンクトペテルブルクの「グランドホテルヨーロッパ」にて、初の展示販売会を開催。ロシア皇帝ニコライ2世の御用達店になる。
1908年シャム(タイ)国王パラミンドル・マハ・チュラロンコンの御用達店になる。
1909年 カルティエロンドンがニューボンド通り175-176番地に移転。ピエール・カルティエ、ニューヨークの5番街712番地に新ブティックをオープン。腕時計用のデプロワイヤントバックルの特許を取得。
1910年 ピエール・カルティエがアメリカ人の顧客エヴァリン・ウォルシュ・マクリーンに、数々の逸話で知られる有名なブルーダイヤモンド「ホープ」を販売。
1911年 1904年作のモデルにインスピレーションを得た「サントスデュモン」ウォッチを発売。ジャック・カルティエ(1884-1942)、デリーダルバール(即位式)に出席するために、インドおよびペルシャ湾諸国を訪問。
1912年 初のミステリークロック「モデルA」を発表。パリ市議会がカルティエインペリアルエッグ」を皇帝ニコライ2世に献上(現在ニューヨークのメトロポリタン美術館収蔵)。世界で初めてバケットカットダイヤモンドを製作。「トーチュ」ウォッチを発売。「コメットクロック」を創作。
1913年 セルビア国王ペータル1世の御用達店になる。
1914年 オニキスとパヴェダイヤモンドで描かれたパンテールモチーフが、初めて女性用ラウンドウォッチのベゼルの装飾に用いられる。オルレアン公フィリップの御用達店になる。
1917年 ピエール・カルティエが55粒と73粒の2連の天然パールネックレスをモートンF.プラント邸と交換したことにより、カルティエニューヨーク店は5番街653番地に移転。「タンク」ウォッチのデッサンが初めて描かれる。
1918年 フォッシュ元帥とペタン元帥のために元帥杖を製作。
1919年 「タンク」ウォッチを発売。ニューヨークに時計製造アトリエ「ヨーロピアンウォッチ&クロックカンパニー」を設立。ベルギー国王アルペール1世の御用達店になる。
1921年英皇太子(後のエドワード8世、1936年に退位後はウィンザー公)の御用達店に。「タンクサントレ」ウォッチを発表。
1922年 「タンクルイカルティエ」ウォッチおよび「タンクシノワーズ」ウォッチを発表。
1923年 ビリケンの小像が上にのった、初のポルティコ型ミステリークロック「ビリケン」が誕生。
1924年 3つの異なるゴールドを組み合わせた、3連リングとブレスレットを発表。アメリカでは「トリニティ」と呼ばれて親しまれ、パリでは詩人で芸術家のジャン・コクトーがこのリングを身につけ、男女を問わずに魅了した。
1925年 パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アールデコ展)のエレガンス パビリオンに出展し、注目を集める。アルフレッド・カルティエ死去。
1926年 「バゲット」ウォッチを発表。アニタ・ルース作「紳士は金髪がお好き」のブロードウェイの舞台で、カルティエのレッドボックス入りのジュエリーが登場。
1928年 アメリカ人の顧客マージョリー・メリウェザー・ポストがカルティエロンドン店で、かつてフランス王妃マリー・アントワネットが所有していたイヤリングを購入。「トーチュ」クロノグラフ シングルプッシュボタン ウォッチを発表。
1929年 エジプト国王ファード1世の御用達店になり、カイロの「フランス アート展」に出展。「タンク ア ギシェ」ウォッチを発表。
1931年 「ミステリーポケットウォッチ」を発表。
1932年 「バスキュラント」ウォッチを発表。
1933年 ジャンヌ・トゥーサンが、カルティエハイジュエリー部門の責任者に就任。以後30年近くの間、多くのハイジュエリーを手掛ける。宝石の美しさを際立てるために台座が見えないようにする、ジュエラーのテクニック「インビジブルセッティング」の特許を取得。
1935年 カルティエモンテカルロブティックがオープン。
1936年 「タンクアシメトリック」ウォッチを発表。
1938年 カルティエ カンヌ ブティックがオープン。世界最小のカルティエ銘入りブレスレット ウォッチがイギリスのエリザベス王女に献上される。
1939年 アルバニア国王ゾグ1世の御用達店になる。
1940年シャルル・ド・ゴール(陸軍軍人、後の大統領)がロンドンに「自由フランス軍」を設立、カルティエの強い支持を受けた。将軍の演説は、ジャック・カルティエが提供した事務所からBBC放送で流された。
1942年 ドイツ軍によるフランス占領の象徴として、ジュエリー「籠の鳥」を創作。後の1944年には、解放を祝うブローチ「自由の鳥」を創作。
1945年 ピエール・カルティエがカルティエインターナショナルの会長に就任。ジャックの息子ジャン=ジャックがカルティエロンドンの社長に就任。
1947年 カルティエ創業100周年。
1949年 ウィンザー公爵夫妻がパリでパンテール モチーフ ブローチを注文。プラチナに152.35カラットのカシミール サファイアをセttしたこのブローチは、1987年にササビーズのオークションで、「カルティエコレクション」のために買い戻された。
1950年 船の舵の形をした「グヴェルナイユ」ウォッチを発表。伝説のハリウッド女優グロリア・スワンソンが、1930年に購入したダイヤモンドとロッククリスタルの2つのブレスレットを身に着けて、映画「サンセット大通り」でスクリーンに登場。
1953年 映画版「紳士は金髪がお好き」のシーンで、マリリン・モンローがカルティエを称えた歌を歌う。
1955年 ジャン・コクトーのために、彼自身のデザインによる、アカデミーフランセーズ会員の剣を製作。
1956年 モナコ王妃として迎えられた女優のグレース・ケリーはレーニエ大公より、12カラットのエメラルドカットダイヤモンドをあしらったエンゲージリングを始め、数多くのカルティエジュエリーを贈られた。
1957年 顧客のバーバラ・ハットンが、イエローゴールド、オニキス、イエローダイヤモンドのタイガーモチーフのブローチを購入。
1967年 「クラッシュ」ウォッチを初めとするニューモデルをロンドンで発表。
1968年 メキシコ人女優マリア・フェリックスが、ダイヤモンドが散りばめられたスネークシェイプのネックレスをオーダーする。ロベール・オックの発案により、ローラー部分が収納式になった、オーバルシェイプの高級ライターが誕生。「マキシ オーバル」ウォッチの発表。
1969年 カルティエはオークションで69.42カラットの最高級ペアシェイプ ダイヤモンドを購入し、俳優のリチャード・バートンに販売。バートンはこれをエリザベス・テイラーに贈った。このダイヤモンドは、後に「テイラー・バートン」ダイヤモンドとして有名になった。カルティエ ジュネーブ ブティックがオープン。カルティエ ジュネーブ ブティックがオープン。
1970年 カルティエ 香港 ブティックがオープン。
1971年 カルティエ ミュンヘン ブティックがオープン。
1972年 ジョゼフ・カヌイを中心とする投資家グループがカルティエ パリを買取、ロベール・オックがカルティエ パリの社長に就任。
1973年 ロベール・オックがアラン=ドミニク・ペランの協力を得て「レ マスト ドゥ カルティエ」のコンセプトを考案。
1974年 「レ マスト ドゥ カルティエ」の初のコレクション、ボルドーカラー レザーグッズを発表。ロバート・レッドフォード、ミア・ファロー出演の映画「華麗なるギャッツビー」のために、カルティエは多くのアールデコ ジュエリー コレクションを貸し出す。
1975年 ルイ・カルティエ生誕100年を祝う。モンテカルロで初の大々的な回顧展「ルイ・カルティエ、アールデコの傑作」を開催。
1976年 ヴェルメイユ製「レ マスト ドゥ カルティエ」ウォッチの初のコレクションを発表。ニューヨークで回顧展「ルイ・カルティエ、ジュエラーズ アートの101年」を開催。初のオーバル ペン(楕円形万年筆)を発表。
1978年 スティール&ゴールド ブレスレットの「サントス ドゥ カルティエ」ウォッチを発表。カルティエ初のスカーフ コレクションを発表。
1979年 カルティエの全世界の事業が再結集され、カルティエ パリ、カルティエ ロンドン、カルティエ ニューヨークを「カルティエ モンド」の下に統合。
1981年 フレグランス「マスト ドゥ カルティエ」と「サントス ドゥ カルティエ」を発表。
1982年 ゴールドと宝石をテーマにした第1回ニュージュエリー コレクションを発表。
1983年 歴史的・芸術的な過去の作品を買い戻し、メゾンの歴史を後世に伝える貴重なコレクション「カルティエ アンティーク コレクション(後のカルティエ コレクション」を創設。「パンテール ドゥ カルティエ」ウォッチを発表。
1984年 ゴールドとパールをテーマにした第2回ニュージュエリー コレクションを発表。パリ郊外に「カルティエ現代美術財団」を設立。現代美術の創作支援や若手アーティストに活動の場を提供することによって、企業メセナ活動を展開する。カルティエが英国のウィンザーで開催される国際ポロトーナメントに協賛。
1985年 「パシャ ドゥ カルティエ」ウォッチを発売。
1986年 パンテール(豹)をテーマにした第3回ニュージュエリー コレクションを発表。
1987年 フレグランス「パンテール ドゥ カルティエ」を発売。 テーブルウェア(ポーセリン、クリスタル、シルバーウェア)のコレクション「レ メゾン ドゥ カルティエ」を発表。
1988年 エジプトをテーマにした第4回ニュージュエリー コレクションを発表。
1989年 「タンク アメリカン」ウォッチを発売。パリのプティ パレ美術館で、初の本格的回顧展「アート オブ カルティエ」を開催。
1991年 国際高級時計委員会(CIHH)を創設。 ジュネーブにて、第1回国際高級時計展(SIHH)を開催。 「インドへの道」をテーマにした第5回ニュージュエリー コレクションを発表。
1992年 サンクト-ペテルブルクのエルミタージュ美術館にて「アート オブ カルティエ」展を開催。
1994年 「カルティエ現代美術財団」が、ジャン・ヌーヴェル氏設計のもと、パリ左岸のラスパイユ大通りに移転。
1995年 「パシャ ドゥ カルティエ」の10周年を記念して、スティール製の「パシャC」ウォッチを発表。フレグランス「ソー プリティ ドゥ カルティエ」を発売。「カルティエ コレクション、 フランス宝飾芸術の世界」展を東京都庭園美術館で開催。
1996年 「タンク フランセーズ」ウォッチ コレクションを発表。同名の腕時計にインスピレーションを得た「タンク」リングを創作。「天地創造」をテーマにした第6回ニュージュエリー コレクションを発表。スイス、ローザンヌのエルミタージュ財団で回顧展「カルティエ、ジュエリーの壮麗な輝き」を開催。
1997年 カルティエ創業150周年祝福し、たぐいまれなハイジュエリーのパリュール(パヴェダイヤモンドのスネークに、205カラットと206カラットの2つのペアシェイプカット エメラルドをあしらったネックレスを含む)を創作し、世界の展示会で披露する。
1998年 高級ウォッチ コレクション「コレクション プリヴェ カルティエ パリ」を発表。
1999年 パリにインスピレーションを得たジュエリーコレクション「パリ ヌーベルバーグ カルティエ」を発表。メキシコの美術宮殿美術館にて、伝説のメキシコ人女優マリア・フェリックスにまつわる回顧展「アート オブ カルティエ」を開催。シカゴのフィールド自然史博物館にて、「カルティエ 1900-1939」展を開催。
2000年 新作ハイジュエリー コレクション「カルティエ ドゥ リュ―ン」を発表。
2001年 ジュエリーコレクション「デリス ドゥ カルティエ」を発表。「ロードスター」ウォッチを発売。パリでの第21回古美術ビエンナーレに、カルティエ製作のパティアラのマハラジャのネックレスを展示。ニューヨークの5番街と52番通りの交差点が、公式に「カルティエ広場」と命名される。
2002年 「タンク ディヴァン」ウォッチの発表。ベルリンのヴィトラ デザイン ミュージアムとミラノのパラッツォ レアレにて、「エットレ・ソットサスの目がとらえた、カルティエ宝飾デザイン」展を開催。この展覧会は、後に京都の醍醐寺やヒューストン美術館でも開催された。
2003年 新しいジュエリー コレクション「ル ベゼ デュ ドラゴン」と「デリス ドゥ ゴア」を発表。 キンバリープロセス認証制度(KPCS)の実施以来、カルティエは紛争ダイヤモンド対策を支持している。パリのポンピドゥーセンターで行われた「ジャン・コクトー 回顧展」に出展。 カルティエ ブティックがパリのシャンゼリゼ大通り154番地にオープン。
2004年 「サントス ドゥ カルティエ」ウォッチの誕生100周年を祝して、「サントス100」ウォッチ、「サントス ドゥモワゼル」ウォッチ 、「サントス‐デュモン」ウォッチを発表。上海博物館にて回顧展「アート オブ カルティエ」を開催。パリでの第22回古美術ビエンナーレに、歴史に残るダイヤモンド「スター オブ ザ サウス(南の星)」を出展。
2005年 ハイジュエリー コレクション「カレス ドルキデ パル カルティエ」を発表。ラ ・ ペ通り13番地のブティックにて、オーダーメイド フレグランスをスタート。カルティエが「Council for Responsible Jewellery practices(責任ある宝飾品業のための協議会)」の共同創設者になる。カルティエは女性フォーラム(ウーマンズ フォーラム)の正会員になることで、同フォーラムを支援。
2006年 「ラ ドーニャ ド カルティエ」ウォッチを発表。世界規模でチャリティイベントを実施。「LOVE チャリティ ブレスレット」を販売し、売上の一部を様々な団体に寄付する。女性フォーラムに、女性起業家のための賞「カルティエ レディース イニシアチブ アワード」を設立。
2007年 ハイジュエリー コレクション「Inde mystérieuse (インド ミステリューズ)」を発表。 「Ballon Bleu de Cartier (バロン ブルー ドゥ カルティエ)」ウォッチを発表。リスボンのカルスト・グルベキアン財団にて、「Cartier 1899-1949, The Journey of a Style (カルティエ 1899‐1949、スタイルの軌跡)」展を開催。モスクワのクレムリン博物館にて、「Cartier, Innovation through the 20th Century (カルティエ、20世紀のイノベーション)」展を開催。
2008年ソウル、徳寿宮美術館にて、"The Art of Cartier"展開催。バロン ブルー ウォッチ発売。
2009年東京、国立博物館にて、吉岡徳仁氏監修による展覧会""「Story of... 」カルティエクリエイション~めぐり逢う美の記憶"" 開催。サントス 100 スケルトン ウォッチ発表。北京、故宮博物院にて、""Cartier Treasures- King of Jewellers, Jewellers to Kings展"" 開催。 ハイジュエリーコレクション""Secrets et Merveilles""発表。サンフランシスコ、リージョン・オブ・オナー美術館にて、"Cartier and America展"開催。
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Van Cleef& Arpels(ヴァンクリーフ&アーペル)

   ↑  2008/01/02 (水)  カテゴリー: ブランドの歴史について
Van Cleef & Arpels(ヴァンクリーフ&アーぺル)
1906年に創業という歴史を持つ『ヴァンクリーフ&アーぺル』。王室御用達の宝石商として知られる実力派ブランドです。その実力の高さを証明するひとつに、「ミステリー・セッティング」と呼ばれる、独自の高度なテクニックがあります。それは宝石を留める爪を見せずにセッティングするもので、今までのジュエリーの既成概念をくつがえし、表現の幅を広げることに成功しました。たとえば、花や蝶などの自然界のモチーフをジュエリーにしたときに、命ある生き物にふさわしい、しなやかなフォルムを作り出すことが可能になったのです。上質の宝石の輝きと、なめらかなフォルムがかもしだす優雅さは、時代を超えて、世界中の女性の心をとらえて離さない美しさを誇っています。そしてエンゲージやマリッジにも、同様のこだわりと美意識が込められているのです。


― H I S T O R Y ―
1896年 エステル・アーペル(アルペルス)とアルフレッド・ヴァンクリーフ結婚
1906年 アルフレッドと義兄シャルルがヴァンクリーフ&アーペルを創立。ヴァンドーム広場22番地にパリ本店をオープン。
1939年 クロード・アーペルがNYのロックフェラーセンターにブティックオープン。


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Tiffany&Co.(ティファニー)

   ↑  2008/01/02 (水)  カテゴリー: ブランドの歴史について
Tiffany & Co.(ティファニー)
1837年にブランド創立以来、世界中の女性に指示されている『ティファニー』。6本の爪でダイヤモンドを留める「ティファニーセッティング」を発表したのは1886年のことでした。それは今までのエンゲージメントリングの概念を変える画期的なもの。6本の爪で石を持ち上げ、アームから離すことによって、あらゆる方向から光を取り入れることができるため、今までにない輝きを引き出すことができるのです。そして今や、エンゲージメントリングのスタンダードとして親しまれるまでになりました。また近年では、1999年に「ルシダ」を、2004年には「レガシーコレクション」、2006年に「ティファニーノヴォ コレクション」を発表。魅力的なエンゲージメントリングを次々に発表する『ティファニー』の動向に目が離せません。


― H I S T O R Y ―






1837年 チャールズ・ルイス・ティファニーがニューヨークにファンシーグッズの店をオープン。
1878年 世界最大級にして最高級のイエローダイヤモンドを購入しそれを「ティファニーダイヤモンド」と名付けた。彼のブティックはアメリカで究極の高級品を取り扱う店として、世に知れ渡る。
1887年 フランス王室の宝飾品を購入するとティファニーに名声は世界へと響き渡りニューヨークの新聞は、彼を「キングオブダイヤモンド」と称え、世界的なダイヤモンドの権威となった。しかし、なによりも人々の心をときめかせたのは彼の「ティファニー®セッティング」である。
1940年 ニューヨーク五番街・57丁目に本店移転。この店はオードリー・ヘップバーンが主演した映画「ティファニーで朝食を」のおかげで観光名所の1つとなっている。


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Chaumet(ショーメ)

   ↑  2008/01/02 (水)  カテゴリー: ブランドの歴史について
chaumet(ショーメ)
パリのヴァンドーム広場の宝飾店のなかでももっとも古い伝統を誇る『ショーメ』。ナポレオン皇帝をはじめ、ヨーロッパ諸国の王室御用達ジュエラーとして、数々のジュエリーをてがけてきた由緒正しい名門メゾンです。1780年に創業以来、男性が女性に贈るネックレスやブローチ、ティアラなど、「愛のジュエリー」制作において名声を得てきた『ショーメ』は、数多くの結婚に立会い、たくさんの花嫁を見守り続けてきたといいます。そんな確かな技術とデザイン性、そしてその愛のストーリーは、時代を超えて現代に受け継がれ、今を生きる女性たちをも魅了するオーラを放っているのです。繊細で優美なエンゲージリング、気品と愛らしさをあわせもつジュエリーのすべては傑出した美しさを誇り、新しい伝統へと私たちを誇っています。


― H I S T O R Y ―


1780-1814年 マリーアントワネットの宝石商であったマリ・エティエンヌ・ニトは自分の店を構え、貴族階級の人々をいち早く顧客とする。しかし、名声を確立していくのは、ナポレオン1世から御用達宝石商に指定された1802年から。ナポレオンにとって宝飾品は、政治的な権力を顕示する手段だったため、ニトはかの有名なリージェントダイヤモンドをあしらった”統領の剣”を作り、140カラットを誇るこのダイヤモンドは、現在ルーブル美術館に展示されている。その2年後、”帝国の剣”が誕生。ニト引退後は、フォッサン、モレル、ショーメなどの職人たちの支えにより、ニトの息子へと引き継がれる。
1786-1869年 ジャン・バティスト・フォッサンとその息子ジュールは装飾芸術に興味を抱き、ロマンチックなスタイルのジュエリーを創作。
1794-1860年 フォッサンの後継者、ジャン・ヴァランタン・モレルは1848年の2月革命後、ロンドンに店を構える。彼はやがてヴィクトリア女王の御用達宝石商となる。モレルは息子プロスペールの助けを得て、ナポレオン3世などの公爵たちだけでなく、パリの銀行家、実業家などの富裕層も顧客として獲得する。活気を取り戻したパリは、舞踏会用のドレスにふさわしいジュエリーが数多く誕生。
1852-1928年 プロスペール・モレルの娘と結婚し、1885年にメゾンの経営を引き継いだジョゼフ・ショーメは、その比類のない創造力で揺るぎのない地位を築きあげる。ティアラやエグレットは、メゾンを代表するジュエリーとなる。1907年、ジョゼフ・ショーメは店をヴァンドーム広場12番地へ移転。
1886-1964年 マルセル・ショーメは父ジョゼフから1928年に店を引き継ぐ。
戦後  戦後、クリスチャン・ディオールがニュールックを発表した頃、ショーメは時代の先を行くブランドとしてその地位を確立させていく。そのデザインには、パリの香り漂う創造力とセンスが織り交ぜられ、ヴァンドーム広場のアトリエは、高い技術力を駆使して、その限りない創造力に形を与えていく。そこに”アリスト・ロック”のトーンが確立し、新しい神話が次々と生まれ、世界に広がりを見せる。調和の取れたライン、端正なフォルム、官能的なボリュームで、ショーメのスタイルは本質を極めた。意味を持たない美など存在しない、ショーメはそう信じているからこそ、内に秘めたメッセージや強い感動、感情の主張などをその美しい作品の中に散りばめていった。比類のない伝統をこれからもずっと育み、その時代の風潮を形にする、こうした精神が、ショーメと世界中の顧客たちを結びつけている。


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Harry Winston(ハリー・ウィンストン)

   ↑  2008/01/02 (水)  カテゴリー: ブランドの歴史について
Harry Winston(ハリーウィンストン)
100年近くの歴史をもち、ニューヨーク五番街に本店を構える『ハリー・ウィンストン』。その輝かしい歴史は、宝石に対する天才的な勘とクリエイターとしての類まれなる才能を備えたひとりの天才、ハリー・ウィンストンが、父の宝石商のあとを継いだことから始まりました。やがて「キング・オブ・ダイヤモンド」の異名をもつまでになった彼のポリシーは、「極上の宝石だけを扱う」ということ。そのこだわりこそが、「ウィンストニアン・スタイル」と呼ばれるダイヤモンドの美しさを最大限に引き出すセッティングを生み出す原動力となったのです。留め金の金属部分をほとんど見せずに、まるで宝石だけがちりばめられているのかのようなこのスタイルは、現代のエンゲージリングをはじめ、数々のジュエリーに生かされ、美意識ある花嫁たちをずっと魅了し続けています。


― H I S T O R Y ―
1896年 ハリー・ウィンストン、ニューヨークに生まれる。
1920年 ニューヨーク五番街に「The Premier Diamond Company」を設立。
1932年 ニューヨーク五番街にハリー・ウィンストン社を設立。
1949年 45.52カラットの世界最大の青いダイア「ホープ」(ルイ14世やマリー・アントワネット等の有名人が所有していた)を手に入れる。その後数年にわたってアメリカ国内各地で展示する。
1958年 「ホープ」をスミソニアン博物館に寄贈。
1963年 127.01カラットの「ポルチュギーズ・ダイヤモンド」を同博物館に寄贈。
1964年 253.7カラットの世界最大級のダイヤモンド原石の完璧な結晶体「オッペンハイマー」を同博物館に寄贈。


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